東京都中野区に住んでいる三好亜矢子です。 おしゃれにエコシフトする中野区民31万人の挑戦に向けて、 日々是学習、思考、行動。 「まちをデザインする」を執筆中。

2009年7月26日日曜日

市民自治をつくる


市民自治をつくる~我孫子市に学ぶ情報公開と市民参加~のテーマで、前・我孫子市長の福嶋浩彦先生をお招きし、講演会とワークショップを開きました。

 直接民主主義をベースとした首長と議会の二元代表制の原則に立てば、議員の質問と答弁を区の職員が書いたり、区長が通したい議案を多数政党に前もって根回しをしておくなどの馴れ合いはあり得ません。しかし、そのあり得ないことが現実には横行しています。



 先生がすごいのは、政治学の教科書にはしっかりと書いてあるのに実践されていないことを、本当にやってしまったことです。言葉を換えていえば、当たり前のことを実践したということです。凡百の研究者が幾ら理屈を言っても、先生の実践の前には光を失います。



 こうした議会とのガチンコ勝負を支えたのが市民の支持である一方、先生は市民とも絶えず、論争をし続けてきたと語ります。つまり、市民とも具体的な政策実行の局面、局面で緊張関係にあったのです。政治に市民が関心がないというのは一面的な見方で、例えば、自分たちの家のすぐ近くに巨大マンションが建つとなった途端、彼らはものすごい熱心さで都市計画の勉強を始めます。行政がどのように事業者と住民の言い分をコーディネートしていくのか、利害が相反する場面でこそ、行政の手腕が問われます。先生は市長時代、そうした議論が沸騰している場に飛び込んで議論を惜しまなかったそうです。



 私が学ぶべきは、議会に対しても、市民に対しても、ここが勝負というポイントで一歩も引かないファイターとしての覚悟だと思います。

 

2009年7月24日金曜日

まちを静かにする電気自動車

 環境負荷の小さい次世代自動車として人気沸騰中の電気自動車。排気ガスも出さず、走りもなめらか。そして何よりの魅力はその静けさ。専門用語では「静粛性」と呼ぶのだそうです。最近、浜松市で開発された三輪の一人乗りタイプはスクーター感覚で気軽に使えるコンパクトさがうれしい。

 毎日の買い物や早朝の宅配便など、さらにはカーシェアリングに利用してみたいもの。近い将来、中野区内の区域を限定して電気自動車以外の車の乗り入れ、通過を規制する特区申請も考えられます。
もちろん、交通政策は、中野区だけで取り組めるものではないので、東京都はじめ近隣区との連携が
必須です。

▽充電8時間で、40㌔走行
 この一人乗りタイプは全長2.5㍍、全幅1.3㍍、全高0.85㍍。深紅の色合いも鮮やかに前部から後部にかけてゆるやかに卵型の流線形を描くフォルムが美しい。重さは137.9㌔と軽自動車の5分の1。後ろの駆動輪を二つから一つに減らすことで電気系統のパーツが半分になり、さらに車が軽くなりました。最高時速45㌔。12ボルトの鉛電池を運転席の下、前後左右に4個搭載し、8時間充電で40㌔走行できます。車体のなかはスケルトンのようにすっきりとしています。主なパーツはバッテリー、モータ、コントローラーとDIYで調達できるもので手作りしたものです。

▽まちの騒音防止
 量産に向けて順風満帆に見える電気自動車ですが、その静かさが問題視され始めています。あまりに静かなので、歩行者や自転車などがその接近に気がつかず危険だという訳です。
 
 開発にあたった「HSVP」(Hamamatsu Smallest Vehiclesystem Project・超小型電気自動車を普及させるプロジェクト)理事長で、静岡文化芸術大学准教授の羽田隆志さんは、「電気自動車が静か過ぎるというのは、逆に、今のまちがいかに騒々しいかを示している。電気自動車に音をつける発想ではなく、静かな車でも充分、気がつくようにまち全体を静かに、ゆったりしたリズムで人や車が動く社会に変えていくことが大切」と話してくださいました。
 横浜市や都内で増え始めているカーシェアリングに導入されれば、排気ガスも騒音も出ないため、地域の環境改善にも貢献できると思います。

【「HSVP」(Hamamatsu Smallest Vehiclesystem Project・超小型電気自動車を普及させるプロジェクト)】432‐8061静岡県浜松市西区入野町898
053‐447‐4403

2009年7月16日木曜日

中野あるく・みる・きく第1回



なかけんニュースレター  番外編     あるく みる きく NO.1  2009年7月16日

「あの人、公園の管理人さん?」
~公園居住者の中村さんと私たち~  

●住民とともに高齢化した都営住宅
 

 東京都中野区上高田4丁目。私のうちから歩いて2分ほどのところに、テニスコート1面分ほどの公園がありました。昭和30年代初めに建てられた都営住宅にたくさんの子どもたちが溢れていたころ、住民の要望に応えて東京都によって、隣りの空き地に遊び場が造られました。ブランコ、鉄棒、滑り台といった公園遊具3種の神器も合わせて設置されました。5階建ての住宅には50世帯が住んでいました。正確には公園ではなく、「ちびっこ広場」と呼んでいました。
 

 誕生から半世紀近い時間が流れ、都営住宅から子どもの姿は次第に消えていきました。住民自身が高齢化するとともに、空き家が発生しても、ファミリー世帯を積極的に入居させる誘導策も取られず、
そもそも2DKと狭い間取りそのものを改善しなかったことが大きく影響しています。いわば都営住宅は、ちびっこ広場とともに老いるがままに放置されたと言えます。

●ビオトープとして再生
1999年、東京都から中野区に対して、都営住宅の住民に代わって、この場所を管理運営するグループを募りたいとの連絡がありました。たまたま近くの区立公園の管理・運営していた私の友人に打診があり、その運営を担当することになりました。ちびっこ広場にとっては再生のチャンスが訪れたのです。私たち「ちびっこ広場運営委員会」が、一番最初に中野区公園課(当時)の担当者にお願いしたのは、今にも壊れそうな遊具の撤去でした。そのときの担当者の言葉も興味深いものがありました。
 「一度、撤去すると将来、また皆さんが設置したいと思っても、行政としては二度と対応できませんからね」
 私たちはそれで結構ですと答え、ちびっこ広場は人間の子どもたちを含むビオトープとして蘇りました。入口の看板にはこう書きました。                     
               「ここには滑り台、ブランコ、鉄棒もありません。
             だけど、たくさんの種類の木・草・虫や鳥などが暮らしています。
                仲良く遊んでね」
 
 「トノサマバッタやヨコバイなどの虫捕りに夢中の子どもたち」
 「昼休みにほっと一息、コンビニ弁当を広げる営業と覚しきサラリーマン」
 「ペットの白色レグホンを散歩させるご近所のおばさま」かと思えば、

 甲羅がガラパゴス諸島のゾウガメのように盛り上がっている、手の平サイズのリクガメを放して歩かせる30代の若者もいました。「コイツもこういう草っ原が好きなんですよ」ちびっこ広場は訪れるそれぞれの人によって様々な顔を見せてくれました。

 しかし、10年後の今年5月、その存続を求める私たちの働きかけは実を結ばず、都営住宅の建て替えにともない、駐車場の一部になりました。
 今や、工事現場のグレーのフェンスに囲まれて見ることもできない、ちびっこ広場というまちをつくる一つの装置が生まれて消えるまでを振り返ると、様々なことが浮かび上がります。


●「あの人、公園の管理人さんなの?」
 一つは、場を媒介して人と人との関係が変化していくことです。

 ちびっこ広場には5年前から千葉県生まれの50代半ばの方が住んでいました。仮に中村さんと呼びましょう。隣りの都営住宅の住民を含めて、ご近所からは「ホームレスがいると気味が悪い」「おまわりさんに連絡して出ていってもらおう」の苦情が次第に大きくなり、「なぜ、ちびっこ広場運営委員会は放置しているんだ」と私たちにまで風当たりが強くなりました。

しかし、中村さんが私たちと一緒に草刈りや花壇の水やりをしているのを目にするにつれ、その声は次第に消えていきました。しばらく経ったあるとき、近所の人から「あの方はこの公園の管理人さんなの」と尋ねられたときは、内心、「やった」とガッツポーズをしました。
 私たちが中村さんをちびっこ広場を手入れする仲間の一人として接していることが、地域で見えたとき、住民の皆さんのなかにも彼の存在を受け入れる心のゆとりが生まれたのではないでしょうか。人権擁護の立場からホームレスの居住権を主張することは可能ですが、現実の暮らしのなかでは反発を生みやすいことも事実です。私たちはそうではない方法をとりました。それは中村さんが「公園」という公共空間を美しくする作業を私たちと一緒に行っている姿をありのままに見て貰うことだったのです。地域の人たちがそれをどう受けとめるのか待つことであり、任せることでもありました。
 中村さんはちびっこ広場閉鎖後、妙正寺川の対岸にある落合公園に移り、健在です。


* 本稿は、加筆修正後、「ひととまちの関係性をデザインする(仮題)2010年春、新評論から刊行予定」に所収します。
* 続きをお楽しみにして下さい。


講演会&ワークショップ

「市民自治をつくる」
~我孫子の事例に学ぶ情報公開と市民参加~
講師  福嶋浩彦氏
(中央学院大学教授 前・我孫子市長)
● 2009年7月25日(土)
       午後2時~5時
● 中野区勤労福祉会館3階 大会議室
● 参加費  500円

「中野のまちのここが問題」「こんなふうにしたいよね」みんなでわいわいガヤガヤ話しませんか。妙案が浮かぶかもーーー。

発行年月日:2009年7月16日
発行:中野政策研究会(代表・三好亜矢子)
メール・bxt01375@nifty.com
TEL・FAX 03-3389-3292
MOBILE  090-3523-3274
Blog http://eco-shift-nakano.blogspot.com/

2009年6月17日水曜日

中野区の対策 CO2削減でなく増加を容認?1

23区内では千代田区がEUと同レベルの「20・20」(20年までに20%削減)を掲げトップランナーです。
さらに国とのライバル意識の強い東京都は「20・25」(20年までに25%減)をめざしています。
翻って、中野区の環境基本計画をみてみましょう。
昨年、策定されたものですが、目標年が2017年と国際的な基準に合致しないため、厳密な比較はできませんが、2004年比で10%削減です。2004年のCO2排出量94.4万トンから、85.2万トンに減らすとしています。
これだけを読むと「そうか、中野区も減らす方向で努力しているんだ」と思います。
しかしです。
京都議定書の基準年である1990年の排出量を知って驚きました。約83.5万トンだったのです。すなわち、2017年の目標値は削減どころか、逆に増えていたのです。2017年から2020年までの間に劇的な削減努力が払われるのでしょうか。にわかには信じがたいシナリオです。実は私はこの環境基本計画策定に、中野区環境審議会のメンバーとして関わっていました。この数字に今の今まで気がつかなかったことを告白します。削減という言葉に幻惑されていました。
「どげんかせんといかん」という気分です。

ビッグコミックに温暖化防止意見広告


[Photo]6月16日、おもしろいニュースが「気候ネットワーク」(京都)のメルマガから入ってきました。国内外の環境NGOと「MAKE the RULEキャンペーン」が共同して、6月2日に日本経済新聞、10日にはビッグコミックの裏表紙に意見広告を出しました。内容は、「経済危機と地球温暖化の二つの怪獣に襲われている日本を救うため、麻生首相よ、ヒーローになれ!そのためには2020年までに1990年比、CO2を25%以上削減せよ」というものです。ビッグコミックと言えば、確か、麻生総理の愛読書の一つ。奇しくも、同日、麻生総理が発表した数字は、1990年比8%減に留まりました。京都議定書の6%減から僅かに2%上乗せしたに過ぎません。EUが同年比、20%減を宣言しているのに比べると、あまりにKYです。